クソ☆

ゲーム依存症になったかも知れない。私はこの春休み、勉学から一時的に解放されてゲーム三昧、そして昼夜逆転といったさながらニートの様な生活をしている。

 

名乗り遅れたが、私はJINSEITURA1というただの一般医大生だ。最近はグラブル等を起きては一日中やっている。大学一年生の時はメリハリをつけて生活していたが、今ではやっていることがほぼニートである。こうなった原因として、私にとっては今までの生活が厳しく、その反動でこうなったのだろうと考えている。

 

かなり遡るのだが、私は中高一貫校を卒業し、都内の国立大学工学部で一年間過ごし、家庭の事情で中退、一年勉強し都内私立の医学部に入学した。その中高一貫校では、高校二年で高校全範囲を終わらせ、三年生はセンター試験(今で言う共通テスト)の対策をずっとするような高校だった(多分塾かも。ごめんなさい)。

 

朝五時に起き、通学中はテキストをガン見、学校では授業、帰ってきたら二十三時まで勉強、といった生活スタイルを約五年間してきた。

休日は親の監視の元で勉強をしていた。塾では東大生、慶應生に勉強を教えて貰っていた。学力はついたものの、勉強が終わった後に親から監視されながら勉強を行う家庭環境には不満があった。だから大学に合格した後の行動も異常だったと思う。

 

皆さんは高校や大学に合格した場合、親と写真を撮るだろう。私は撮らなかった。合格発表の時も友人らとは祝いあったが、親には喜ぶそぶりさえ見せなかった。なぜなら、異常に束縛された五年間を過ごしてきたからだ。合格後の私の最初の言葉は、「受かったから早くスマホ、ゲームを買わせろ」だった。思い返せば最低な発言だったと後悔している。

 

大学の環境は素晴らしかった。様々な素晴らしい研究論文、高校からの同期、レベルの高い講義。そして一人暮らしをしたおかげで一人の人間となり、自立出来た気がした。しかし、その幸せな生活は続かなかった。弟の文転である。元々医学部には弟が行く予定だった。しかし、レベルの高さから志望するのを辞めたのだろう。私は弟の行為に憤りを覚えた。

 

後期を終え、大学やサークルの同期と遊んでいるときにスマホが鳴った。相手は父だった。第一声は「大学を中退して、医学部に行って欲しい。」だった。私は3秒くらいボーッとした。現実を受け入れられなかった。親の期待通りに最高学府に行ったのに、まだ私の人生を狂わせるのか。考えた瞬間、目から涙が流れた。私は滅多に泣かないのだが、友人や先輩の前でわんわん泣いた。私は無力で、その場で泣くことしか出来なかった。アパートで自殺することも考えた。

 

中退する事になった私だが、友人や先輩は暖かく、何かあったらいつでも相談してくれと言ってくれた。その言葉に何度救われたことか。医大生となった今でも彼らとは遊ぶし、コロナが流行する前は毎年駒場祭に行った。みんな私を見た瞬間、心配をしてくれた。情けないが、とても嬉しかった。

 

一年間勉強し、医学部に進学した私に起こった変化は、講義の無断欠席、深夜までゲームをする事だった。医学は素晴らしいことなのは理解できるが、モチベーションが無かった。今でもなぜ勉強しているのか分からない。明確な目標、ゴールが無いから。正直、生きる意味なんて無いと思っている。自殺はしないが。これら全てが今の私を構成したのだろう。

 

私は目的を見失い、存在する価値のないものそのものだが、これを読んでくれた貴方は、どうか私のようにはならず、何かしらの目標をもって一日一日を大切に過ごして欲しい。